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日本人の9割が知らない、餃子を「ギョーザ」と読む理由 朝鮮語読みだった可能性も【呉智英】

「日本語ブーム」の今、見落とされてはいけない「日本語の真実」

写真:PIXTA

 

◾️「ギョーザ」は実は朝鮮語読みだった?

 では、「チャオズ」がなぜ「ギョーザ」になったのだろうか。

 一つには、支那語であっても北京語ではないのではないか、と考えられる。支那では、標準語(普通話)である北京語以外に、広東語、福建語など、いくつもの方言がある。この方言ごとに同じ漢字でもその読み方が違う。「餃子」を「ギョーザ」と読むのも、北京語以外の読み方なのかもしれない。

 三省堂の『新明解国語辞典』は、「チャオズの山東語」としている。この辞書は小型国語辞典ながら語釈がユニークで愛用者が多いが、「餃子」の読み方の疑問にもちゃんと答えようとしている。『広辞苑』では「チャオズの訛り」と簡単に片付けているが、先に言ったように、「チャオズ」が「ギョーザ」と訛るのは不自然である。

 萩谷朴『語源の快楽』(新潮文庫)では、山東語説をもう少し詳しく展開している。山東語では「餃子」を「ギャオヂ」と発音する。餃子を初めて食べた日本人が、これは何というものだと聞くと、山東出身の支那人が「餃(ギャオ)()・啊()」と教えてくれた。それを「ギャオヂァ」というものだと思って「ギョーザ」になった、という説である。

 しかし、これはちょっと苦しくはないか。質問者の日本人の誰もが文末の「啊」を知らないとは思えないし、答えた支那人全員がいつも必ず「啊」をつけたとも限らない。そう考えると、山東語説にはいささか疑問が生じる。

 私は、「ギョーザ」は「餃子」の朝鮮語読みではないかと考えている。「餃子」の朝鮮語読みを片仮名で書けば「キョジャ」である。しかし、朝鮮語には長音記号がなく、また清音濁音の区別もない。文脈に応じて長音に読んだり、清音を濁音に読んだりする。日本語でも「二・二六事件」を「にーにーろくじけん」、「黄」を「きー」と読む。以前に書いた連濁現象も清音濁音を区別しないから起きる。これと同じだ。従って、「キョジャ」が「ギョージャ」に聞こえることもある。これが「ギョーザ」に転訛したと考えていいのではないか。

 かつて旧満洲には朝鮮人が多数入植していた。そこで憶えた餃子を日本人相手に売り、日本人は朝鮮語読みで餃子に親しんでいった。というのが、私の推測である。

【補論】 「餃子」を朝鮮語読みすれば「キョジャ」(ギョージャ)だが、朝鮮語に「餃子」という言葉があるわけではない。朝鮮語では餃子は「マンドゥ」である。

 

呉智英 著『言葉の常備薬』(ベスト新書)より抜粋

 

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呉智英

くれ ともふさ/ごちえい

評論家

評論家。一九四六年生まれ。愛知県出身。早稲田大法学部卒業。評論の対象は、社会、文化、言葉、マンガなど。日本マンガ学会発足時から十四年間理事を務めた(そのうち会長を四期)。東京理科大学、愛知県立大学などで非常勤講師を務めた。『封建主義 その論理と情熱』『読書家の新技術』『大衆食堂の人々』『現代マンガの全体像』『マンガ狂につける薬』『危険な思想家』『犬儒派だもの』『現代人の論語』『吉本隆明という共同幻想』『つぎはぎ仏教入門』『真実の名古屋論』『日本衆愚社会』『バカに唾をかけろ』など著書多数。加藤博子との共著『死と向き合う言葉』(小社刊)がある。「呉智英 言葉の診察室」シリーズ全四冊(①『言葉につける薬』、②『ロゴスの名はロゴス』、③『言葉の常備薬』、④『言葉の煎じ薬』)がベスト新書より【増補新版】で刊行。

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